三毛別(三渓)ヒグマ事件…第三の現場、明景宅・その4
救援隊は明景宅を約50名で包囲していました。しかし屋内への突入は不可能でした。
真っ暗な屋内からは女子供の叫び声や呻き声、断末魔の悲鳴、そして巨大羆の凄まじい足音が聞こえていました。
足音がおさまると、今度は人骨を噛み砕く音が聞こえてきます。
救援隊には何が起きているのかは想像がついても、発砲する事も何もできずに取り囲むだけの状態でした。
最早手の施しようもない、生存者も居るまいと、救援隊員の間では「盲撃ちで構わぬ、一斉射撃しろ」という意見と「羆がいるうちに家丸ごと焼き払ってしまえ」という2つの手段について、どちらが有効か対立が起きていました。
しかし、頭部・顔面の裂咬傷(後に30数針縫合)と重傷を負った明景ヤヨただ一人だけが、未だ生存者が残されていることを祈りつつ激論の救援隊員に割って入り必死で説得を続けたのです。
やがて屋内からは弱弱しい助けを求めるつぶやきや呻き声と巨大羆の足音だけしか聞こえなくなりました。
予め打ち合わせの通り谷氏が空に向け2発発砲すると予想通り巨大羆は屋外へ飛び出し、救援隊先頭で出入口近くにいた”南部の禿マタギ”の前に立ちはだかりました。
すかさず彼は発砲…したつもりが不発。
しかし次の瞬間、何を思ったのか巨大羆は反転し、軒下に沿って歩き始めました。
しかし発砲して、もし外すとヤヨが言う通り生存者が残されていたら流れ弾で殺傷する危険性があるため、そのまま巨大羆の行方を追うも暗闇の中に姿を消しました。
ガンビ
隊員がガンビ(白樺の樹皮。油脂が多い為、灯りや焚き付けに広く用いられました)に火を灯し屋内に入ると…
土間は一面血の海、壁や天井・梁まで血飛沫だらけで、血液の臭気が満ちていました。
囲炉裏の脇には金蔵・タケ・春義が枕を並べたかのように並び、胎児が血の海の中でうごめいているのを筵や布団などで隠してありました。
後々残りを食べに来るつもりなのでしょう。
前述の通り力蔵とヒサノ2名が奇跡的に無傷だったものの、発見時既に金蔵・タケ・春義の3名は死亡、筵で隠されていた巌も救出されたものの数十分後に死亡しました。
胎児も間もなく死亡、4年後に後遺症で梅吉も死亡し、本件だけで計6名が死亡したことになります。
…という記録があるのですが、後遺症で4年後に死亡と言うのはどういう状況なのか分かりません。
救急医療や形成外科系の文献を幾つか読んでみましたが、後遺症としては顔面変形や骨折による四肢機能障害、精神的なものは有りましたが、何年も経てからの死亡事例は見つけられませんでした。
考えられそうなのは、熊に限った話ではありませんが、外傷からの細菌感染や寄生虫(旋毛虫ではなく羆の体毛に寄生するもの)でしょうか？